独り言


by ゆずれもん
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11月7日。川崎にいた私は娘と合う。
お母さん、一緒に暮らす!家を買おうかなと。まさかの発言。私は買う予定も力もない。
利佳が買うなら応援できるとすぐに思った・

この一年半、一生懸命働いて、少しはためた。
あと倍貯めないと、私の将来は不安になる。
そんなことを考えていたので、

びっくりしたけど、うれしくなった。一人暮らしをすることにだけ夢を持っていたが、一人より二人がいい。
私は今まで一人で暮らしたことがないのだ。仕事は住み込み、そうでないときは親であり、子供たちだったし、家族だったから。

気に入った家があるといい、娘は不動産屋さんと連絡を取る。手際がいい。
11月18日、行く、2件目を見て決めた。私と娘の家での距離感がいい。邪魔したくない。それだけが私の気持ちにある。

今まで通り、私は動こう。家にいるときも楽しく過ごせるように時間を使おうと思う。友達がくるときは、用事を合わせて出かける。私だって友達に会いにいける。
趣味を作り、元気に過ごそう。仕事もやりながら、旅行もしよう。

娘のローンの返済も手伝いたいが、とりあえず、電気関係、。台所の道具の準備の費用は支払おうと思う。私は今、大蔵大臣。この一年半があるからそれができる。
できてよかったと、東京に来たことに後悔はない。

一緒に暮らすようになったら、日常の費用はきっと払うことになるだろうと思う。どうせかかる予定の費用だから。
ローンだけは頑張ってほしいと思っている。そうしないと、自分のものという気持ちが強くなれないから。

ためたお金で旅行して!素直に受け止めようと思う。
あと、3日でカギが渡る。あと10日で引っ越しをする。


# by neko2411 | 2017-12-19 23:52 | Comments(0)

退職後の生活を考える

娘が東京に住んでいるけど、娘と住むことは考えていません。未来への邪魔をしたくないから。私も自由でいるほうがいいから。
そんなことを考えて、私はあと一年半の仕事を楽しみながら、毎晩電卓をたたいています。
あと何年生きるために、今働くのか。20年生きるのか、15年で終わりになるのかなど。
実は20年分の年金の不足分はためれないことにがついたのです。

年金暮らしになる生活を目の前にしながら、家賃を払い、東京で暮らす。場所はどこでもいいのだが、せっかく出てきた東京がいい。
昨年までいた青森にいたとて、同じことを考えているだろう。
私は、今働いているので、ならいくら貯蓄に頑張ればいいのかということだった。

年金プラスを考えると、私は15年しか貯めれないことに気が付いていた。

先に不安を持ちながら暮らすのは嫌だなあと思いつつ、家探しは退職近くになったらと、今一休みをしていたのです。

そこに、突然、娘から「一緒に暮らそうか」という声がかかりました。
で、私はどうすればいいかと聞くと、お母さんは自分の部屋を楽しく暮らす方法だけを考えていればいいというのです。
なーにそれ!ちょっと理解できません。
娘は、一緒に住む部屋を探してみるからと。

私は娘と暮らすことは本当に考えていないし頼もうとも思っていない。結婚だってしたいと言っていたし。

でも、あっちから一緒に暮らそうかと言われたら、断る必要がないと思うのです。

彼女は、私の人生すべてを知っている。働きづめの私を見て、この先、ゆっくり自分の家に住んでほしいというのです。

彼女に本当はそんな余裕はないこを私は知っています。18歳から東京に来て22年、悩みながら暮らしていました。仕事も転職はしても、休むこともなくでした。

一緒に住むことによっての、私のメリットはあります。
一番は、何年生きるのだろうと考えなくていいから。何年でも生きていいからです。
何か私にあれば、同居がいるということは、安心なことです。

でも彼女がもしかしたら縁があって結婚したら、どうなるの?
その時は、自分がその家から出ていくからと。だから私はその家でずーと暮らしていいのだそうです。

デメリットは、何があるだろう。小さな子供と暮らすのではないから、
「何時に帰る、部屋が汚い」などお互いに干渉しないことだろうとおもいます。
彼女にとって、親と暮らすことは、ますます縁遠くなりそうです。
そんなことも考えると、無理させることは、望んでいませんでした。

私が貯蓄したお金で、あちこち旅行とかに使えばいいと、夢のような話です。

東京に来るといったときは「え!結婚でもするの?」というくらいにびっくりしていました。
一緒に暮らそうといわれるのが怖かっただろうなと思いました。
だからそんなことはひとつも考えていませんでした。


絶対あり得なかったこの申し出は
仙台の姪のところを訪ねた神社からいただいお札をもらって、考えることになったそうです。

「新しい波が押し寄せ、現在のあなたの環境を大きく変えます。今までの慣れしたしんだ人との離別や、
みじかにあった極めて当たり前のものがなくなったりします。
この機会に、そういった物事への感謝の気持ちを改めて確認し、
悔いを残さぬように普段から心がけましょう」

このお札を見て、彼女は、自分のことの周りだと思い、仕事のことだろうと思ったそうです。
でも、読み返すうちに、これは、母のことを言っていると感じたというのです。


私が安い部屋を賃貸しようとする場所を一緒に見に歩いてくれていたので、どこを見ても、お母さんがかわいそうに感じてしまったそうです。
家を探すために東京で働いている私が、かわいそうだというのです。

私は仕事も家探しも楽しんでいたけど。娘にはそう見えたようです。

まずはこの気持ちを受けることにしました。私の退職後の道がきまりまりました。

あと一年半、どこが私の住処になるのか、楽しみになりました。
まず、何年、生きるかのために、いくら貯めるのかを考えなくてよさそうなのが一番。


安ーい家なら東京の山奥でも暮らせるかもしれません。娘が買うなら問題はない。
確かに、娘の家賃を聞き、びっくり。よくやってきているなあと思いました。

気持ちは素直に受け取って、私も彼女の応援ができるのかもしれないと思ったら、
フィフティフィフティの気持ちで
やっていけると思いました。



# by neko2411 | 2017-11-20 08:20 | Comments(0)

退職後の生活を考える①

2017/7/20020


まずは、家を探す

ベッも新しくしよう。できればセミダブルにしたい。

部屋は6万円いない

階段を使うようになったらこまるので、エレベーターのあるところ

ⅠLDKなら満足。

クーラーがついていなくても、自分でつければいい洗濯機は家の中

台所にガスがIH どちらでもいいかなと。安心はIH かなと。

誰かが泊まりに来てもらえる家

私が楽しめる家。

部屋の整理がしたくなる家

食器は一人分と二人分用意かな。

でも、大きなさらとボールお椀は五個ほしいかな。

パソコン、スマホ、てれび、ラジオは必要

緊急用の非常食の用意。

温泉、美容院、病院を確保、

美容院は、古川さんのところで。

お金を節約して大人の休日クラブのパスは続けたい。

荷物、衣類は増やさない。

自分の生活のいる、雰囲気を決めよう

家計簿は気楽に

預金残高には目をくばる。

多分あと、20年生きるために。


# by neko2411 | 2017-11-19 23:22 | Comments(0)

久しぶりの息子

一年半ぶりに息子たちと会う。娘と会うのとまた違う気分なのはどうしてか?
元気に仕事しているのかな、家族仲良くしているかな。また太った?そして、大学に行きたいと思っている?なんてことまで聞いてしまう。

家族でデズニーランドで遊び、三日目に私の住んでいる団地まで、レンタカーで迎えに来てくれる、慣れない土地をナビを使いながらも迷って走る。一緒に、ジブリ見学。全部、5歳の娘のための時間。昔、私も。子供たちが学校に入る前にと、東京に連れてきたものでした。同じ事を息子はしている。

有休をもらっての今回の休みに、会社から電話が入るのをきく。丁寧な言葉で対応しているのを聞くと、ほっとした。
仕事は楽しい。今の会社に移ってよかったとも言った。
息子は県内でも単身赴任の生活。それでも休みはちゃんと家に帰っていて、家族であちこち出かけているように安心した。
東京の町を走りながら、有名大学が見える。早稲田、青山、明治、東海と親せきのみんなそんなところを卒業しているんだねと話す。
「今からでも大学に入りたい!」と聞いてしまった。しまった!
なんでさ~。今自分がやりたいこと決まっているから、大学に行かなくても大丈夫。。。。
よかった。やりたいことがあるとはっきり言った。家族があってもその中でやりたいことがあるとね。

私の中に、申し訳ないなあと思う過去があり、その過去の息子が高校を卒業するときに
「学校にやれない。自分で好きな仕事をして、生活を立てってほしい」といってしまったこと。
あの時はそれしか言えなかった。自分もどうして生きていけるのか見えなかったから。

なぜ、そうなったのか、詳しくも話せず、息子は気になりながらも黙っていてくれた。
ただ、「かっちゃのそばにいるから」とだけ。
それから、25年、早いもので、結婚して親になって。その子のことを一生懸命考えていた。

一日一緒に遊んでもらった私たちは。ホテルで娘と息子の3人で昔話ができた。
あの時は何だったのかと息子に質問されながら、それでもみんなで穏やかに過去を振り返れた。

どんな事情があっても、父親も母親も心にとめてもらっている。ありがたい。

少し前に弟から、青森の家どうしたらいいと思う?と電話が来て、
私の意見はないですといったものの、売るんだろうなと思ったらなんだかむなしくなっていた。

そのあとの子供たちの会話。

もう何も考えなくていい。東京の生活を楽しんでと二人に言われ、オリンピックには来るから。
その時は私の住むところに、泊ってね。
一瞬、実家を買いたくなっていた私。でもやめよう。娘もそれを望んでいない。
お嫁さんにも、お母さんは東京の生活楽しそうだねと。

そうなんだよね。楽しい。

この楽しさは、子供たちは平和でいてくれるからだとも。

帰りに、こっそり息子のポケットに小遣いを忍ばせた。申し訳なさそうな顔の息子。
もっとたくさんあげればよかったかなと反省した。

# by neko2411 | 2017-10-24 10:23 | つぶやき | Comments(0)
Ⅰ月から、ホットヨガを始めて、気がついたら、週4回いけるのに2回ぐらいしか行けません。だからと言って連続で行けるほどの体力なさそうでした。お風呂に入りたい。足を延ばして入りたいというのが希望でしたがシャワーしかなくちょっと寂しかったです。
やはりやめようと決めました。毎日毎日、夏はガリガリ君を食べ続けていたけど、体重も減りもしないけど増えることもなくでした。ただ、友達に姿勢がよくなったといわれ、効果はあったのかなと思います。ただ、前回、ヨガの最中、めまいがしました。大変!ここで倒れたら仕事が続けれなくなると考えてしまいました。

昨日は退会の手続きに行ってきました。

10月の品川の広報に「「出会いの湯」があると書いていました。65歳以上であれば、その温泉には毎週木曜日は14時から入れるが、自分のことは自分でできる人というただし書きがついていました、

実は、東京には銭湯が少ないのかと思ってたし、見つけても16時ごろから入るようになっていました。それでは私には時間がないのです。ちょっと高いスーパー銭湯はあります。「王様のお風呂」がこの一年半の私の銭湯でした。
なのに、東京には580件もの銭湯があるというのです。品川にもたくさんあったのでした。

その「出会いの湯」に行ってみました。保険証を見せるとカードを作ってくれました。「介護予防チェックリスト」のアンケートも書きました。
そのあとは30分のカラオケです。演歌でした。私は何にもわからず、みんなはわからないといいながら歌っています。参加している人たちは銭湯の近くに住んでいるおなじみさんばかりでした。雰囲気は、もしかしたらディサービスに来ている雰囲気。入浴代が無料です。そしてそのカードを見せると、いつでも半額だといいことづくめです。

そのあと、ゆっくり銭湯に入りました。最高!
脱衣所もお風呂場も昔懐かしい雰囲気がいっぱいでした。温度は43度ぐらい。私はこの熱さがすきでした。
だれも、熱いと叫ぶ人はいなかったので、この熱さがみんなは好きなんだろうと思います。

その銭湯は、東海道53次品川宿と町のあちこちに書いた看板があります。まるで江戸時代を見ているような雰囲気の町です。
都会のど真ん中での八百屋さんは安かった。居酒屋もいっぱいあり、準備中の看板ばかり、夜の賑わいを想像させます。

来週はどこの銭湯に行こうかな。ヨガに集まる人たちの年代とは違う、大先輩の元気な姿をこれから見ることになりそうです。

「長生きしたけりゃ、銭湯だぜ」

お風呂で増やせる、ヒートショックプロティンの力。


# by neko2411 | 2017-10-13 18:57 | Comments(0)